2013年4月21日日曜日

祭りのあと



何もない空き地に丸太の小屋が建ち、そしてまた何もない空き地へと戻っていきました。

例えお祭りが一日限りのものであっても見世物小屋の一座は小屋掛けと小屋ばらしでその前後一週間ほどを、お祭りが催される神社の境内や空き地で過ごします。映画『ニッポンの、みせものやさん』主人公の裕子姉さんは映画の内で「残されるのが一番嫌ね、みんな帰っちゃってうちだけぽつんと残ると。いつも興行は残るけど、最後までね。」と呟いています。今は同業の仮設興行社が少なく、遊戯や飲食の出店は早くとも前日、遅くとも当日に乗り込んで、お祭りが終わるとその日のうちに次の場所へと移動していきます。その昔、見世物小屋の一座がまだ定住する家をもたなかった頃、彼女たちは次のお祭りまで間が空いた場合には元の場所に居続けて生活することもあったそうです。

僕が見世物小屋の一座、大寅興行社に出会う前はその前後の風景を目にすることがなく、お祭り空間は当日いきなり現れて翌日には跡形もなく消えているものだとばかり思っていました。今は見世物小屋一座には帰る家があり、また撮影時には興行以外の旅先での生活を記録することが許可されなかったため映画本編には映っていませんが、僕自身の経験としてはお祭り前後の彼女たちとの旅や生活が一番印象に残っています。見世物小屋がお祭りから姿を消すと言われてすでに久しいですが、そもそも何もない場所に時間をかけて小屋を掛け、また何もなかったようにその場所を戻して去っていく、そういう生き方をしてきた一座の人たちは、はじめから消えゆくことへのさだめを背負っているのではないでしょうか。

僕はたまたま学生の時に大寅興行社のお化け屋敷という興行物でアルバイトをしたことがきっかけで一座の人たちと出会いました。当時は彼女たちがやっている見世物小屋の興行と旅の生活を何とか記録に残したいと思ってドキュメンタリー映画の撮影を始めましたが、彼女たちと一緒にいる中でそういうこちらの一方的な思い入れは薄れていきました。なぜなら、一座の人たちはすでに彼女たちがやってきた見世物小屋興行の形は自分たちの代で終わっていくことを知っていて、それを受け入れているからです。時代に抗うことなく静かに消えていく存在を目の前にして、僕は声高に記録して残したいと言うよりも、いずれ消えゆく見世物小屋一座の傍らにそっと寄り添っていたいと思うようになりました。ドキュメンタリー映画をつくっていて言うのも何ですが、今では僕が一方的に「記録に残さなければならない」という考えで映画を撮ることはありません。


さて、映画『ニッポンの、みせものやさん』は明日4月22日月曜日に下高井戸シネマで催されるドキュメンタリー映画特集で都内最終上映を迎えます。

優れたドキュメンタリー映画を観る会 vol.29 私の仕事、私の生き方

この映画をソフト化して販売する予定はありません。
お祭りの期間だけ現れてその後は跡形もなく消える見世物小屋のように、映画も劇場のスクリーンにのみ現れるものだと思っているからです。

明日、一人でも多くの方々に僕らの映画を観てもらえるよう、願っています。

奥谷洋一郎